近年脚光を浴びる「大阪経済の父 五代友厚」

1万円札は「日本の資本主義の父」の渋沢栄一ではなく、「近代大阪経済の父」と呼ばれる五代友厚になっていたかも?

功績のわりに影が薄かった五代友厚も最近では、NHKの連ドラ「あさが来た(2015年)」や三浦春馬主演の映画「天外者(2020年)」、大阪検定では五代友厚がテーマに上がり、そして新札発行では「東の渋沢、西の五代」と比較されるように最近はなにかと名前が広まってきた感があります




大阪メトロ北浜駅の真上、大阪取引所の前に銅像が立っていることでも有名ですね。

「経済関係の人?なんとなく知っているかな、、、」みたいな人も多いと思いますが、その筋では超がつくほどの有名人物。

この大阪取引所だけでなく、光世証券や大阪商工会議所など市内各所に銅像が建てられるほど、大阪へ貢献した人物なのです。


銅像に書かれていた碑文

この地は江戸期の金相場開所以来、金融取引の活発な値であり、今日まで大阪経済の発展を担ってきた。薩摩出身の五代友厚は、明治11年当地で大阪株式取引所の設立に尽力、大阪の発展に多大なる功績を残す。ここに大阪証券取引所発祥の地として顕彰する 平成16年12月 大阪市

取引所を創設しただけでもすごいのですが、五代友厚の功績はそれだけではありません。

江戸から明治へ移り変わる激動の時代を生き抜き、大阪経済の発展に尽力した人物です。

「五代と坂本龍馬は同じ年」と言った方が時代背景のイメージがつきやすいかも。

五代友厚のあゆみ

青年期、1863年の薩英戦争では、薩摩の船に乗り込んでいるところをイギリス艦隊に包囲され捕虜となっていたり、なんとか釈放されるものの「薩摩の国情をイギリスへ漏らした」とあらぬ噂をたてられ国内では狙われの身になるなど、他の歴史的人物と同様に幕末の時代をなんとか生き抜くと言う壮絶な人生を歩んでいたようです。

明治になってからは、ビジネスに対する嗅覚が優れていた五代は造幣寮(現在の大阪造幣局)の開業に関わり、その後は鉱山経営へいち早く乗り出しています。

この時期は全国に混在する貨幣制度を改め、今の「円」を基本とする制度が採用された時期。硬貨を作るため、鉱山事業ににより次々と採掘に着手していきました。

明治維新で混乱したのは政府だけでなく、大阪の経済も大きな打撃を受けました。その経済復興に尽力し、大阪商法会議所(現在の商工会議所)、大阪株式取引所を創設。また阪堺鉄道(現在の南海電気鉄道)にも関わっています。様々な事業を成し遂げた五代友厚は49歳という若さで他界。事業によって莫大な資産を築いたと思われがちですが、他界したときには100万円(現在の200億円)程度の借金があったと言われています。


五代友厚の銅像を横から。大阪の街を見守っているようにも見えますね。

天外者もAmazonでレンタルが始まれば見てみようと思ってます。